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天正のメリークリスマス
『天正之降誕祭図(てんしょうのこうたんさいず)』 推定制作年:天正年間?
天正2年(1574年)、肥前のキリシタン大名・大浦純実(洗礼名:ドン・アドリアノ)は、
領内のイエズス会宣教師やポルトガル商人らを居城に招き、盛大な宴を催した。
文献によれば、これが日本国内で確認されている最古の「クリスマス・パーティ」
(当時はナタラ祭りと呼ばれた)であるとされる。
画面中央、十字架を胸に下げた純実の神妙な面持ちとは対照的に、異国の祝祭に困惑し、
無表情で三角帽子を被らされている家臣たちの姿が、当時の文化摩擦を如実に物語っている。
なお、この日、純実公が正室・玉(たま)の方に贈った愛玩犬の「狆(ちん)」と、
嫡男・純晶(すみあき)に与えた地球儀は、日本史上初の「クリスマスプレゼント」としても知られている。

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