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平家落人伝説を訪ねて
九州各地に点在する伝承地を実際に取材し、地形や史跡の位置関係を一目で分かるように図解したイラストマップです。
写真や無機質な地図だけでは伝わりにくい現地の雰囲気や、複雑な歴史的背景を、
親しみやすい手書きイラストで分かりやすく解説しています。
「ここから登る」「眺望が良い」といった動線情報も盛り込み、訪れる人の視点に立った構成を心がけました。
難解になりがちな郷土史や史跡情報を、直感的に、かつ興味深く伝えるための「翻訳」としてのマップデザインです。

唐原の平家落人の里
糸島にある平家落人伝説の地、唐原に行ってきました。
都を追われた平重盛(清盛の嫡男。42歳で病死)の妻とその娘、千姫と福姫が、
この地の有力者原田種直(妻が重盛の養女)をたよって落ちのびてきました。
一年ほど山深い唐原の地に潜んでいましたが、ついに源氏の追手に見つかり、
二人の姫は殺害され、内室も自害しました。
二人の姫が下界を見下ろし、遠い都を偲んだ都見石、重盛の遺髪を埋めたという黒髪塚、
内室と二人の姫のものと言われる墓が残されています。
標高330メートルの山の中。
こんなところまでやってくる源氏の落人狩りの凄まじさ😭

那珂川市 安徳台の安徳天皇伝説
那珂川市の安徳台というところ。
標高30メートルくらいの台地の上に10万㎡もの広大な平地が広がっていて、
ここで弥生時代から室町時代までの住居、建物跡、墓などが発掘されました。
那珂川と古代の用水路「裂田の溝(さくたのうなで)」の間にある急勾配の台地で、
下から見上げても、こんなに広い土地があるようには見えず、どこから登るのかも分かりづらい。
まさに天然の要害という感じ。
都落ちした平家一門と安徳天皇はこの地にあった太宰少弐・原田種直の館を仮の御所として滞在しました。
その後、屋島、壇ノ浦と落ちて行くことになります。
国内最大級の弥生時代の住居跡や首長墓が見つかっていたり、
飛鳥時代に百済救援のために派兵した斉明天皇や中大兄皇子が滞在した
磐瀬行宮(いわせのかりみや)があったのもここだと言われていますが、
まだこの土地の20%ほどしか発掘調査されていないそうで。
今後ここで何か大発見がなされるかもしれません✨
歴史ロマンてんこ盛りの場所でした😀

山都町山宮神社の 伝・安徳天皇陵
熊本県山都町にある安徳天皇陵に行ってきました。
壇ノ浦の決戦で、二位尼に抱かれてわずか八歳で海に消えた安徳天皇。
言い伝えによれば、実はそれは替え玉で、安徳天皇はこの地に逃れ、十七歳で崩御されたとのこと。
離合(って言うの九州だけですかね)する場所も無さそうな道が続く、山奥の奥って感じの場所にある山宮神社。
そこから300メートルくらい山道を歩いて行くと安徳天皇陵と言われる2mくらいの小さな円墳があります。
何故か安徳天皇の御真影もあります。
安徳天皇の御真影を撮影してたら、突然iPhoneの画面が緑色の砂嵐に!
神社を出て、駐車場に戻ったら直りましたが、誰もいない薄暗い山中で、ちょっとビビりました。
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